東京五輪の実態(4) 「不正」の構図

 

こんな事件が最近報じられました。

 

日本スポーツ振興センターが施設を無償提供 ラグビーW杯組織委に

会計検査院が不当と指摘へ

新国立競技場建設の事業主体である独立行政法人、日本スポーツ振興センター(JSC)が内部規則に反し、ラグビーの2019年ワールドカップ(W杯)日本大会組織委員会に16年3月まで約1年半、本部事務所の3部屋、計120平方メートルを無償で利用させていたことが5日、分かった。賃料など約600万円が徴収されておらず、会計検査院は近く不当と指摘する方針。JSCは「当初は新国立競技場がW杯の主会場に予定されていたので、組織委と連携して整備するため無償提供した」と説明した上で、「役職員に契約に関する啓発を徹底し、再発防止に努める」としている。(2016/10/05−18:35)時事通信

 

 スポーツ振興センターは国立競技場や代々木競技場、秩父宮ラグビー場、国立スポーツ科学センターなど国有のスポーツ関連施設を運営している独立行政法人です。「スポーツの振興と児童生徒等の健康の保持増進を図るため、その設置するスポーツ施設の適切かつ効率的な運営、スポーツの振興のために必要な援助(中略)等を行い、もって国民の心身の健全な発達に寄与すること」を目的に2002年に設立された機関です。

 

 会計検査院に指摘されたことは事案としては、豊洲市場の問題などと比べたらそんなに大きな問題ではありません。でもスポーツ振興センターは何で、国の持ち物つまり国民の財産を勝手にラグビーの組織委員会なんかにタダで使わせたのでしょうか? 

 

 上の記事によりますと、スポーツ振興センターが不正にラグビーW杯組織委に部屋を無償で提供していた期間は2014年9月から今年の3月となっています。この期間にスポーツ振興センターの運営の責任者は以下の方々でした。この顔ぶれをみると一つの構図が浮かんできます。

 

独立行政法人 日本スポーツ振興センター理事長 

 河野一郎氏(在任:2011年−2015年9月)

 大東和美(在任:2015年9月−現在)

 

一方、国の財産をスポーツ振興センターからタダで使わせてもらっていたラグビーW杯組織委の側には以下の方々がおられました。

 

 森喜朗

  ラグビーW杯組織委副会長(2014年7月−)

  日本ラグビー協会会長(−2015年6月)

  ラグビーW杯日本大会成功議員連盟最高顧問

 河野一郎

  日本ラグビー協会理事(2013年−)

  2016年4月からはラグビーW杯組織委事務総長代行

 遠藤利明

  ラグビーW杯組織委評議員

  ラグビーW杯日本大会成功議員連盟幹事長

 大東和美

  日本ラグビー協会評議員

 

東京オリンピック組織委の関係ではこの方たちは以下のような役職についています。

 森喜朗氏 東京五輪組織委員会会長

 河野一郎氏 東京五輪組織委員会副会長

 遠藤利明氏 五輪担当国務大臣、大臣退任後は東京五輪組織委員会理事

 

 

 結局、スポーツ振興センターをタダで貸した側と借りた側は同じ人たちがやっていたという構図がわかります。この構図は、東京オリンピック組織委員会が「群盲」化し、エンブレムのパクリ問題から会場変更までさまざまな混乱を引き起こし続けていることと重なっているのでしょうか。

 

 スポーツ振興センターは以下のような「芳しい」評判を得ている団体です。同じ腐臭がオリンピック組織委員会からも感じ取れるのは、私の鼻アレルギーのせいなのでしょうか。

 

スポーツ振興センターの平成26年度の業務実績は最低の「D」ランク 

文科省評価 制度開始以来初めて

文部科学省は29日、独立行政法人「日本スポーツ振興センター(JSC)」の平成26年度の業務実績に関し、総合評価で初めて最低のD評価としたことを発表した。新国立競技場問題を検証した第三者委員会の報告書などに基づき「抜本的な改善を要する」とした。平成13年度の評価制度開始以降、全省庁が所管する独法などで最低ランクが出されるのは初めて。

 文科省によると、評価は最良のSからA、B、C、Dの5段階で行われた。計22の評価項目のうち、スポーツ振興助成に向けた安定的な財源の確保など16項目は目標を達成したとして標準のB評価だったが、9月24日に第三者委が提出した報告書で問題点が指摘された「広報の充実」「経費の削減」「組織及び定員配置の見直し」「施設及び設備に関する計画」「内部統制の強化」の5項目はいずれもD評価。「人事に関する計画」も国家的プロジェクトに求められる組織体制を整備できなかったとしてC評価となった。JSC側は自己評価で全項目をB評価としていた。

 JSC側は今後、外部の専門人材を増やして新国立の担当理事の補佐や広報体制などを強化する方針。産経新聞2015.9.30

 

 日本スポーツ振興センターの基本理念は、「公正で活力ある地域・社会、平和と友好に満ちた世界に貢献」することだそうです。またコーポレート・メッセージは「未来を育てよう、スポーツの力で」だということです。

 

 怪しげな構図の中心にあるこの機関が「公正な社会に貢献」できるのでしょうか。「未来を育て」られるのでしょうか。この機関のあり方は日本の未来と森喜朗氏を頂点としたオリンピック組織委員会の行く先を象徴しているように思えます。

 

 


東京五輪の実態(3) 森氏への「入院ノススメ」

 

森氏は直ちに「入院」すべきだ

 朝日新聞は「東京五輪司令塔が不可欠だ」という社説を掲げ、「膨らむ予算に、関係者のバトル……。五輪を巡って繰り返されるそうした状況に、報告書が本質的な問題としてあげる『司令塔の不在』が表れている。東京都、組織委、政府。いったい誰が全体を統括し、責任をもつのか」と疑問を呈しています。

 

 東京オリンピックの組織・運営に責任を持つのはJOC、組織委員会、それに東京都の3者です。しかし大会開催の財政に関することは組織委員会と東京都の二者であるというのがIOCのきまりなのです。

 

 (オリンピック憲章36条の1には、The NOC, the OCOG and the host city are jointly and severally liable for all commitments entered into individually or collectively concerning the organisation and staging of the Olympic Games, excluding the financial responsibility for the organisation and staging of such Games, which shall be entirely assumed jointly and severally by the host city and the OCOG, without prejudice to any liability of any other party, particularly as may result from any guarantee given pursuant to BLR 33.)とある。)

 

 従って以下の記事の安倍総理の見解は間違いであって、「東京都と日本オリンピック委員会」ではなく、「東京都と組織委員会」と言わなければならなかったわけです。

 

安倍首相「五輪経費、できるだけ抑制」=政府、都から意見聴取へ

安倍晋三首相は7日午前、首相官邸で開いた東京五輪・パラリンピック競技大会推進本部の会合で、東京都と日本オリンピック委員会(JOC)に開催経費の抑制を求める方針を改めて強調した。首相は「国民に祝福される大会とするためには、コストをできるだけ抑制するなど、限られた予算と時間を効率的かつ効果的に使うことが不可欠だ」と表明。その上で「東京都や関係機関との連携を一層密にして準備を加速してほしい」と関係閣僚に指示した。時事通信10月7日(金)

 

 組織委員会の予算には原則として税金は投入されません。主な収入源は入場券の販売、ローカルスポンサーからの収入、IOCから与えられる世界の放送局の放送権料とTOPスポンサー収入の一部などが大きな財源です。

 

 その意味からすれば、組織委が都の管理団体になることを森会長が拒否するのは筋が通っているように見えます。組織委は法的にも公益財団法人と言う民間団体だからです。公益財団法人では赤字が出た場合は何らかの方法で自ら補填するのが通常ですし、しばしば役員が無限責任で自分のカネを拠出して赤字を埋めます。

 

 ところが、その意味では組織委員会はとんでもない「インチキ民間団体」で、いくら赤字を出しても最終的には東京都から補填してもらう約束になっているのです。つまり森会長を初めとする役員たちは、どんなにいい加減な放漫経営をやって赤字を垂れ流しても、自分たちの懐は一切痛まない仕組みになっているのです。

 

 さらに都庁からの出向者250人あまりの給与は東京都が負担しています。都職員の平均年収は820万円ぐらいなので、実質的には年に20億円あまりが組織委のために都税から支払われていることになります

 

森氏は取材に対してこんなことを言っています。

 

 森会長は「私たちは都の下部組織ではない。内閣府に認可された団体。都知事の命令で動かせる組織ではない。出資金がもったいないというならお返ししますと知事に申し上げた」と反論した。また、大会経費が3兆円超との試算には、小池氏の都知事選での発言を皮肉り、「『1兆、2兆、3兆だ』と豆腐屋ではあるまいし、選挙の時の言葉を、公式な議論で出すべきではない」と批判した。日刊スポーツ9月30日(金)

 

 でも本当の論点は都が出した57億円の出資金なんてケチなものじゃなくて、オリンピックが終わって最終的に巨額の赤字が出してしまった場合に自ら補填できるかどうかという点なのです。つまり、例えば最終的に300億円の欠損が出た場合、森氏自身を初め30人あまりいる理事たちが、一人10億円ほどの私費を拠出して赤字を埋めることができるのかどうかが問われているのです。森氏が日刊スポーツの記者に対して語ったことは、「組織委は内閣府に認可された公益財団法人という民間団体だ」と言っているだけのことで、自分たちの放漫経営を都民の税金で尻拭いさせていることを隠して偉そうな口をきいてるだけじゃないですか。

 

 朝日新聞が社説で言うような「司令塔」にもなれず、内閣府に認可された公益財団法人としてのガバナンスを全く確保できず、都民の税金で払わせるつもりの膨大な金額を豆腐にしか喩えられないようなトップは直ちに辞職するのが当然でしょう。

 

 ただ日本人は、どんな無能なトップや役に立たない社員に対しても「武士の情け」をかけて事を荒立たせたくないという気持ちの強い優柔不断な国民性です。だから、森さんを直ちに都庁前広場で銃殺刑にすべきだなんてことは私も主張しません。(ホントはそう思っているのですけど…)

 

 物事をすべて解決するためには、森さんは「入院」という手を使えばいいのです。森氏の入院は誰にとっても好ましい玉虫色の解決を齎してくれるはずなのですから。

 

 森氏自身が先年手術を受けたことは周知ですからまた入院しても全く不思議じゃないし、「体がお悪いのにここまで頑張って職務に励まれた」と世論の同情を勝ち取れ、晩節を汚さずに済むでしょう。安倍総理や政府にしてみれば以前世話になったこともある先輩政治家に辞職を迫るよりは入院させる方が恩知らずと言われませんし、政界にも波風が立ちません。小池知事にとっても森氏が入院すれば、どのあたりまで森氏や組織委員会の責任を追及するかの「落としどころ」が見つけられて世論を納得させられるのです。森氏の「入院」は四方丸く収まる妙案だと私は思っています。

 

 リオで話をした組織委の職員たちは、それぞれ真面目に考え誠意をもって仕事をしようという意欲はあるようでした。でも組織委を船に例えれば、エンジンは回しているのに誰一人として舵を取っていないのです。傲慢な太った船長が経験ある航海士を雇わないためです。

 

 ですから組織委員会の職員は、入院を機に森さんに諂うことだけが仕事だった「お取り巻き」の理事や委員、局長たちを一斉にクビにして追放し、外国人も含む経験者を急いで入れて組織を立て直すべきなのです。そうでないと、4年後には絶対にオリンピックを開催できないことを肝に銘じるべきでしょう。

 


東京五輪の実態(2) 28隻の黒船がやってくる

 

東京五輪の実態(2)28隻の黒船がやってくる

 

 いろんな人から話を聞かされているうちにだんだん長くなってしまいました。森氏への『入院ノススメ』は次回にして、今回は間もなくやってくる「黒船」のことを書きましょう。

 

 江戸末期にペリー提督に率いられたアメリカ艦隊が浦賀沖に現れ、幕府が右往左往したことはみなさまご存じでしょう。その中で井伊直弼大老が断を下してとりあえずの危機を回避するのですが、井伊大老のやったコトを全く理解できない狭量な水戸藩士が無謀にも大老を暗殺したのです。なんでこんな話をいまするかと言うと、日本にはまもなく数多くの黒船がやって来るからです。
 

 オリンピックの競技会場などは最終的には国際オリンピック委員会(IOC)が決めるのですが、そこまでの過程では国際競技連盟が東京の組織委員会と話をして原案を作るのです。(「国際競技連盟」とは「国際水泳連盟」とか「国際フェンシング連盟」とかのことです)いま話題になっているボート会場やバレーボール会場についても内定させるのは国際ボート連盟や国際バレーボール連盟なのです。決して日本のボート協会とかバレーボール協会ではありません。

 

 夏のオリンピックには28の競技があります。(東京ではさらにそれに臨時に5競技加えて33競技が実施されます。空手とかサーフィンとかがこの追加競技です。)28の国際競技団体の多くは、IOC本部があるスイスのローザンヌに本部がありますが、それ以外では国際陸連はモナコ、トライアスロンはカナダのバンクーバー、国際サッカー連盟(FIFA)はチューリヒ、国際テニス連盟はロンドンなど、ほとんと欧州に本部があります。オリンピックで審判や競技役員を認定し派遣するのはこれらの国際競技連盟なのです。

 

 彼等の目は先日までリオデジャネイロに向いていました。本当に自分たちの競技の会場が完成するのか、治安が悪い中で競技が実施できるのかなどでリオは疑わしい事ばかりだったからです。しかしリオ・オリンピックは何とか終了しました。そしてこれら28の国際競技団体の目はこれから東京に集中的に注がれるのです。国際競技団体は会場設計や建設の問題から始まり、競技を行う場所の設え、国際競技団体の役員や幹部の宿泊施設、輸送、ホスピタリティーなど様々な分野でこれから組織委員会に注文をつけてきます。国際競技団体の幹部なんてカネに汚く偉そうなのが多いので、彼らの要求には無理難題もたくさんあり、そのために会場の改装がもう一度必要になり税金が投入されることもあります。

 

 前回書いたように、外国語ができる人がほとんどいない組織委員会にその対応ができるでしょうか。リオ五輪の前まで組織委で国際競技団体との連絡調整の責任者をやっていたのは夏のオリンピックとは関係ない日本スキー連盟の人でした。都庁の人に聞いたら、もともとはスキー界の大立者、西武の堤義明さんの通訳とパシリをやっていた人だと言うことです。さすがにこの人ではアブナイということで、リオ五輪が終わってからこの人を更迭し後任には室伏広治さんを充てました。

 

  しかし、安心なんか全くできません。28の国際競技連盟はこれから次々に無理難題を組織委員会や東京都に言ってくる段階に入ったからです。幕末のペリーの黒船は浦賀へ来ただけでしたが、今度の「黒船」は28の方向から一斉にやってくるのです。函館にも新潟にも神戸にも長崎にも舞鶴にも横浜にも黒船がそれぞれ何隻も来てオリンピック版の「開国と通商」を要求するワケです。

 

 浦賀に黒船が来た時、江戸ではこんな狂歌が流行りました。

「太平の眠りを覚ます上喜撰 たった4はいで夜も眠れず」

喜撰というのは緑茶のブランド名で宇治の高級茶のことですが、もちろん「蒸気船」とかけてあるのです。4杯で夜も眠れなかった幕末の日本人ですが、今の組織委員会の人たちなんて28杯も上喜撰を飲んでカフェインまみれになっても逆に眠ったまんまじゃないかと思うのです。目が覚めたらワケもわからず佐幕攘夷論者たちと同じことをやるんじゃないでしょうか。これもトップに見識が全くないからです。

 

 最近、こんな記事を見かけました。

調査中間報告にスポーツ界、猛反発 長時間の議論、泡に

都政改革本部の調査チームが29日、2020年東京五輪・パラリンピックの会場の建設中止など大幅な見直しを提言したことに、スポーツ関係者や競技団体は反発した。この日の大会組織委員会の理事会でも、批判的な意見が相次いでおり、波紋が広がっている。バレーボール会場の有明アリーナは都内で初の1万5000人規模の室内競技場として建設される予定だが、調査チームは既存施設の利用を提言した。日本協会の林孝彦事務局長は「今後、国際大会を開催するためにもレガシーとして建設すべきだ」と理解を求めた。

毎日新聞9月29日

 

日本ボート協会会長「ふさわしくない」会場変更難色

日本ボート協会の大久保尚武会長(76=積水化学工業元会長)が3日、小池知事と面会後に取材に応じ、宮城県登米市にある「長沼ボート場」での五輪開催に難色を示した。直線距離で東京・晴海の選手村から350キロ以上、仙台からも50キロ以上離れており「田舎ですから、道路も1車線に近い。陸上整備や宿舎も相当必要になる。予算的にも大変だろう」と話した。さらに「水面は非常に良いが、大きな湖の真ん中にあって、両側に陸路がない。この場合、世界的には自動車も走れる浮桟橋を走らせないといけない。かなりお金がかかる」と競技施設そのものの問題点も指摘した。日刊スポーツ10月3日

 

 こんな記事はよく見かけますが、この人たちの言うことが実は何の意味もないことは、ここまでの説明で皆様にはおわかりだと思います。ボート会場を決めるのは、IOCと国際ボート連盟と組織委、バレーボール会場を決めるのはIOCと国際バレーボール連盟と組織委なのであって、日本のボート協会やバレーボール協会は何の権限も責任も持っていないからです。

 

 毎日の記事では「長時間の議論が水の泡」と書いてありますが、組織委は国際競技団体と長時間の議論なんかしたことは一度もありません。「ヨロシク、ヨロシク」と言ったのと「あなたたちのご希望に沿います」と相手の靴を舐めるみたいに平身低頭しただけなのは誰もが知っています。会場に関してしっかり説明したのはむしろ招致の段階でした。国際競技団体に賛成して推してもらうために女子バーレーボールの元選手が世界中を精力的に回ったのは知られています。開催が決まり組織委になったら突然ダメになったのは、やはりトップの不学無術以外のなんでもありません。

 

 組織委が森会長の指示でやったのは日本国内の競技団体と「談合」しただけのことです。これは組織委の「競技団体の担当」として日本体育協会の元専務理事が加えられたことからも自明です。この人は外国語なんか一言もしゃべれず、これまで旧態依然の日体協で日本の競技団体を担当してきた人なのですから。(この人も、体協の元会長だったあの元総理の子分の一人だと言われます。)森会長のインバウンドな頭では「競技団体との協議」と言うと国内の何とか協会しか思い浮かばないのでしょう。

 

 28隻の黒船が来るまでに時間の余裕はありません。(現に国際ボート連盟の会長がいま日本に来ています。東京の組織委は、実質的な正面からの論議ではなく、日本らしい「おもてなし」とお得意の「先延ばし」で誤魔化そうとしていますが、向こうは自分たちの利害に直結した真剣勝負の話をするのですから、そんな表面を取り繕っただけのことでは何も解決するワケがないのです。

 

 このままでは28隻の黒船に乗ってくる人たちの言いなりになるしかありません。相手を知らずに合理的な判断などできるワケがないからです。孫子の兵法にある「知彼知己者、百戰不殆」(彼を知りて己れを知れば、百戦殆うからず)という言葉は有名ですけど、これには続きがあって、「不知彼不知己、毎戰必殆」(彼を知らず己れを知らざれば、戦うごとに必ず殆うし)というのです。

 

 いまの組織委員会は、その無知と経験者を排除する体質のために、戦うごとに必ず危ういのです。負け続けるに決まっているのです。そしてその度に私達都民の税金を無責任に垂れ流してしりぬぐいをしようとしているのです。今の組織委員会は一度解散して再編成するしかないと思います。

 

(続く:次回は「森氏への『入院ノススメ』)

 


東京五輪の実態(1) 組織委は「群盲」である

JUGEMテーマ:東京オリンピック・パラリンピック

 

 小池知事のオリンピック組織委員会のあり方や競技会場見直しが始まりました。IOCのロゲ前会長が2020開催地は「Tokyo!」と発表してから既に3年余りが経ちましたが、組織委員会は一体この間なにをやってきたのでしょう。そして今は一体なにをやっているのでしょう?

 

 オリンピック組織委会長である森喜朗氏の本当の興味が、2020年オリンピックではなく、自分が先日まで日本協会会長を務めていたラグビーの2019年ワールドカップにあることはよく知られています。そもそも国立競技場を建て替えるプランも、2020年五輪の東京開催が決まる前に森氏らがラグビーのために持ち出した話でした。

 

 リオデジャネイロで東京の組織委の人たち何人かと話をする機会がありました。組織委員会には職員が既に800人以上もおり、その半分弱を都庁からの出向者が占め、残りはスポンサー企業や中央官庁、それに電通からの出向者です。

 

 組織委は「オール・ジャパン」を掛け声にしてはいますが、実態は「ジャパニーズ・オンリー」であり、ロンドンなど最近のオリンピックで実際に仕事をした外国人は一切締め出せる仕組みになっているのです。(都庁の小役人や電通のアホウばかりでは五輪開催は無理だとリオデジャネイロを見て漸く思ったせいか、先日から慌てて外国人を雇うための規則の整備を始めたそうですが…)IOCや国際競技団体との交渉・意思疎通が大会成功の大きな決め手なのに、組織委の幹部も職員も外国語を話せるものがほぼ皆無という、アメリカの蒸気船に驚いて倒れた江戸幕府にも及ばない体制なのです。

 

 組織委員会では会長の下に事務総長、副事務総長がいて、その下にスポーツ局、準備運営局、会場整備局など10余りの局があります。ところが局長は言うに及ばず幹部の誰一人として過去にオリンピックの組織・運営を経験した人はいないのです。「群盲、象を撫でる」という諺を地で行く組織なのです。

 

 組織委員会の構造は、森会長の回りをラグビー関係や森氏に恩のある理事などの「宦官」が取り巻き、その下に「群盲」の局長たちが右往左往し、そのさらに下には都庁の環境局とか下水道局とか、何の関係もない部署から送り込まれた出向者たちがワケのわからない業務に手を焼いたり、仕事をしてる振りをしているだけに過ぎません。そして先日のリオ五輪の閉会式の演出とかその他のイベントとか少しでも金の儲かりそうな部分はすべて電通からの出向者が牛耳っている…というのが現在の組織委員会の本当の姿なのです。組織委内部の人たちに聞いても、異口同音にその通りだと言うのですから間違いないのでしょう。

 

 そういう組織にマトモな業務遂行やコンプライアンスを求めるのが無理難題なのかも知れません。

 

(続く:次回は「森氏は直ちに『入院』せよ」)

 


私のブラジル日記(11) サンパウロの日本人街

 サンパウロの日本人街はリベルダーヂというところです。今では中国人など他の東洋人も増えたためリベルダーヂは「東洋人街」と言われていますが、長い間ここが日系人の集まる場所でした。今でもリベルダーヂの地下鉄駅を出ると日本語の看板や鳥居に提灯が下がったデザインの街路灯、近くには小さな日本庭園もあります。

 

 リベルダーヂが「日本人街」になったのはそう昔の事ではありません。戦後の1953年にここに「シネ・ニテロイ」という日本映画を上映する映画館ができてから日系人が集まるようになり、その後に日本語の新聞社や日本食品のスーパー、それに戦後移民の一世たちが集うカラオケ店などもできて賑わったのです。リベルダーヂの最盛期は1970年代一杯だったようです。

 

 街路灯が鳥居に提灯なのもいかにも日本的なのですが、ここでは歩行者用信号まで鳥居の形をしています。こんな信号は日本にもないでしょう。

 

 

 1973年に移民船が廃止されるまで日本からのブラジル移民は続きました。その後80年代に入るとブラジル経済の破綻、そして日本のバブルと出入国管理法の改正があってブラジルの日系人が日本へ逆流する現象が始まりました。1908年以降ブラジルへ移民した日本人は13万人と言われる一方、1990年代に日本に定住したブラジル人は30万人以上と、移民数では日本の「入超」なのです。

 

 ところで、蓮舫氏の二重国籍をめぐる嘘の言いまくりが先日から話題になっていましたが、ブラジル人は国籍を棄てることができません。つまり日本国籍を取得して日本に定住するとしてもブラジル国籍も同時に持っているしか仕方がないのです。

 

 2000年代に入ると中国で「資本主義化」が進んだことに伴ってブラジルでも中国人は増えて来ています。「つがる」という看板を掲げたこの店は以前は日本料理店兼カラオケだったと聞きましたが、今では沙龍飯店という中華料理屋になっています。リベルダーヂにもこういう中華料理店が少しずつ増えています。話を聞いてみると多くは広東省出身者で料理も広東料理が中心です。広東省はもともと移民をたくさん出している地方で、神戸や横浜の華僑も半分以上が広東省の人たちです。日本の移民と違って、彼らは或る意味で「移民のプロ」ですから、雑草のようにコンクリートの隙間にも生えて少しの葉を茂らせるのです。

 

 一方、日本移民は個人商店も経営しますが、それ以上にある分野に集団で取り組みブラジル人がそれまでできなかったことをやって、その分野でリードしていくという形で現地に溶け込んだようです。例えば畜産業がそうです。今では日本の鶏肉輸入の90%はブラジルからなのですが、それは日系人が現地で努力を重ねて作った養鶏システムの御蔭なのです。日本と中国では移民の生き方もこんなに違います。それは優劣の問題ではなく、やはり国民性なのでしょう。

 

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 リベルダーヂはアルファベットではLiberdadeと書きます。英語で言えばfreedomの意味なのですが、問題は発音です。イタリア語でもスペイン語でもラテン系の言語でこれを発音すればリベルダーデとしか読まないのですが、最後がデではなくヂになるところがブラジルのポルトガル語です。Deはヂ、teはチと発音するのです。また最後がdやtの子音で終わる外来語もヂ、チと発音されます。ゆっくりという言葉はイタリア語でもポルトガル語でもlentamenteなのですが、イタリア語がレンタメンテなのにブラジルではレンタメンチって発音します。

 

 

 リベルダーヂで見かけた日本語の看板です。「ヨグチ」に「ルキケチ」?? 最初は一体何のことか見当がつきませんでしたが、上の発音ルールに当てはめるとヨーグルトはヨーグッチだし、lucky cat(ラッキー・キャット)はルキー・ケチになるワケです。ブラジルのポルトガル語はこういう点を考慮してゆっくり発音すれば、実はスペイン語でもイタリア語でも普通の人と話がかなり通じます。

 

 私のブラジル日記はこれで終わりです。Buona notte! (ブオナ・ノッテ、イタリア語でおやすみなさい)・・・なのですが、ブラジルではBoa noite!(ボア・ノイチ)

最後はしっかり「チ」の発音をして終わりにします。

 

(ブラジル日記の項、終わり)

 

 

 

 


私のブラジル日記(10) ブラジルの日系人

 リオ五輪では日系ブラジル選手が活躍しました。水泳のオープンウオーター女子10キロで銅メダルをとったポリアナ・オキモト選手は日系4世。また体操の男子種目別床運動で銅メダルのアルトゥール・オヤカワ・マリアーノ選手は日本名を「ノリ」といい、内村航平選手にあこがれて体操を始めたそうです。柔道では男子60キロ級のロンドンの銅メダリスト、キタダイ・エイジ・フェリペ、男子66キロ級では知花コウシロウ・チャールズが出場していました。みんな日本語がほとんど話せない3世、4世の選手ですが、出身は全員サンパウロです。

 

 ブラジルには160万人ぐらいの日系人がいると言われます。そのうち60万人ぐらいはサンパウロ市に住んでいるそうです。リオデジャネイロではほとんど日系人を見かけませんが、サンパウロでは市内のどこでも東洋の顔を見かけます。サンパウロに日系人が多いのは、日本からの移民船が到着したのがサンパウロの外港であるサントス港だったことが大きな理由のようです。

 

笠戸丸2

 ブラジル移民は1908年(明治41年)に始まりました。最初の移民は、笠戸丸という船で日本から2か月かかってサントス港に到着した700人ほどで、その半数ほどは沖縄県民だったと言います。笠戸丸は6千トンほどの外航船ですが、この船自体も大変数奇な運命をたどりました。イギリスで建造されたこの船はロシアの船会社の貨客船として運行していましたが、日露戦争の時にたまたま旅順港にいて日本海軍に捕獲されました。

その後、笠戸丸と命名されてブラジルやハワイへの移民を運ぶ貨客船として使われてから水産会社に売られ、第二次大戦終結の時に今度はソ連軍に捕獲されカムチャッカ沖で爆沈させられたのです。

 

 ブラジルでは19世紀末までアフリカからの奴隷を使ってコーヒー栽培などをしていましたが、奴隷制への批判が高まり制度を廃止したため今度は労働力が足りなくなりました。奴隷制の廃止はアメリカより20年ほど遅かったのです。そして日本人移民は奴隷労働の穴を埋めるために使われたわけで、当初は大変過酷な環境だったと言います。

 

 日本人街として知られるリベルダージには立派な日本文化会館があり、その7階から9階までが日本移民資料館になっています。戦前の移民の家が再現されオリジナルの生活用具が置いてあります。当時の日本のパスポートなど文書の資料やラジオから手製の剣道の防具まで実際に使われていた品が展示されています。ブラジルには戦後も多くの人が移民しました。戦後の移民は大戦で壊滅した沖縄からの移住者が多く、次いで1960年代になって次々に閉鎖された北海道や九州の炭鉱で働いていた人たちが移り住んだのだそうです。

 

 第二次大戦でブラジルは連合国側に立って参戦したものの、アメリカのように日系人が収容所に入れられることはなかったと言います。確かに生活は本当に厳しいものだったでしょうが、同じ時期に当時の「満洲国」へ移民しその後ソビエトの参戦で多くが離散し亡くなった人たちと比べれば、ブラジルへの移民はまだ幸いだったと言えるでしょう。

(つづく) 

 


私のブラジル日記(9) ブラジルの「お嬢様」

 リオ観光のガイド役としてホテルまで迎えに来てくれた我が友Dudaは自分で運転せずに、中年のおじさんの運転する車でやってきました。わざわざ車をチャーターしてくれたのかと心配して、「大丈夫なの?」と尋ねると、彼女は「大丈夫よ、この人はうちでもう20年も仕えてるんだから」と言うのです。つまり運転手はDudaの家の使用人だったのです。私が大丈夫と尋ねたのはお財布の方だったのですが、彼女の大丈夫は安全面のことで、会話がすれ違ってしまいました。

 

 彼女はごく普通の家庭の子(つまり旧王族とか製糖王とかの娘ではなく)なだけに驚きました。お父様がGloboというテレビ局に勤めている事は知っていましたが、運転手つきの車を乗り回す身分だとは思いもよりませんでした。つまりDudaは「お嬢様」だったというワケです。ブラジルでは普通の家庭でも使用人がいるのですね。

 

 まあ、最近は中国でも阿姨(女中)を使っている家は少なくありません。地方から出稼ぎにきた農民を女中や乳母と雇い、母親が会社に仕事に出ているというのはごく普通です。このところ時給がずいぶん上がったようですが、そういう農民は厳密に言うと北京市への「不法滞在者」なので、雇うのも人づてで探します。だからまだまだ安く雇えるのです。日本みたいに、保育所の待機児童が…なんて騒がなくても、知識階級の母親の社会進出は農民が支える仕組みになっているのです。ブラジルもその意味では中国と経済の発達段階が似ているのかも知れません。

 

 

 あと二人Dudaの友達を拾ってみんなで昼食に行きました。これもどこか山の上なのですが、リオの地形は入り組んでいてどこだかさっぱりわかりません。とにかくアマゾンのジャングルをイメージしたレストランのようです。

 

 最初はインドのサモサみたいなもので、1つは肉が、もう一つにはチーズが詰まっていました。カシャーサというブラジルの白酒というか焼酎みたいなモノ(サトウキビから作るラムの親戚で強いやつ)で作ったカクテルの肴にとても合います。

 

 

 

 

 

 メインは英語メニューにpork legと書いてあったのを選びました。ひょっとして私の好物の豚足の煮込みじゃないかなんて思って頼んだのですが、出てきたのを見たら腿肉でした。残念ッ! 

付け合せはお米と何か黄色い野菜のようなものを混ぜて炊いたものと白いご飯です。ご飯といってもブラジルでは長粒米が普通ですからパサパサしてソースによく絡みました。(一方、サンパウロでは日系人が多いので普通のスーパーでも「日本」米を売っています。ウルグアイ産のが一番ご飯としておいしいと日系人は言います。)

 

 デザートは味の薄いチーズとジャムやカラメルの取り合わせです。特にこのカラメルはチーズとよく調和して絶品。Dudaの分まで食べてしまいました。

 

 

 

 私もDudaもその友達も、みんな年齢はほぼ同じです。もう若いとは言えない「お嬢様たち」の会食記念写真は逆光で真っ暗。却って目じりのしわとか見えなくていいかも知れません。

 

 

 日本へ帰ってきて、朝の通勤電車で足を踏まれてとても痛い思いをしました。そんなコトがあると、ああ私も運転手つきの車で通勤する「お嬢様」になりたいなぁと思います。

 


私のブラジル日記(8) シュガーローフとコパカバーナ

 

 リオデジャネイロに住んでいる友達がいます。昔イギリスの大学院で一緒に学んだ(遊んだり飲んだりの方かも…)仲間です。あのキリスト像へ連れて行ってくれたのもこの子です。名前はMaria Eduarda、普段はみんなDudaと呼んでいます。私は前から、日本の転職雑誌みたいな名前…と思っているのですが。

 

sugarloaf

 

 Dudaが、ここは私の地元なんだから全部任せてと言うので、行先もスケジュールも彼女に決めてもらいました。最初にSugarloaf山へ行きロープウェイで頂上まで登ります。Sugarloafというのは英語の呼び方で、ポルトガル語だとPão de Açúcarというのです。ブラジルにはPão de Açúcarというチェーンのスーパーマーケットがあちこちにありますが、この山の名前に由来するのだそうです。そういえばスーパーのマークはこの山をデフォルメしたデザインなのだと後で気づきました。
 

copa2

 

 途中の山でロープウェイを乗り継いでPão de Açúcarの頂上まで行くと丘を隔ててコパカバーナのビーチが伸びているのが見えます。コパカバーナはとてもきれいなビーチですが、なにしろあの辺りは治安が悪く、ブラジル軍全員が警備に当たってるんじゃないかと思うほど軍隊だらけだった今回のオリンピックの最中ですら、日本人を含めたくさんの人が拳銃強盗にあっている地区なのです。もっともブラジルの拳銃強盗はお金さえ差し出せば人殺しをすることはまずないということですが。

 

copa

 コパカバーナの海岸の砂はとても細かく滑らかです。これだからこそ、倒れこんでトスを上げるようなビーチバレーがここで始まったんだなと思います。コパカバーナと同じぐらい有名なフランスのニース海岸が見渡す限り玉石で覆われているのに驚いたことがありますが、こちらは名にし負う綺麗な砂浜です。もっとも8月は冬ですから泳いでいる人はありませんでした。ブラジル人は胸が豊かな人が多いだけに、私としては水着の人など誰もいないという状態の方が、余計な心無い比較などされないで済むので望ましいかぎりです。
 


私のブラジル日記(7) コルコバードのキリスト像

 

下から

 

 

 リオの景色と言うと、丘の上に立つあのキリスト像を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。コルコバードの山頂に立つキリスト像はブラジル独立100周年を記念して、1922年から1931年にかけて作られたものです。よく「コルコバードの丘」なんていいますが、下から見ると丘どころかとんでもない高い山のてっぺんに立っているのがわかります。(写真の山の上の爪みたいのがそうです。)

 

  私が行った日は山の上まで上がれる登山電車が運休していて、友達が運転する車で曲がりくねった道を上がりました。途中からは個人の車は通れなくなり、乗り合いのミニバスに乗せられて頂上近くまで行きます。

 

上から

 最後は200段近い階段を登って(ヒールがもげそうだった)漸く頂上に着くと雲に遮られていて何も見えません。1時間ぐらい粘って漸く雲も晴れ、四方にリオの町が見下ろせました。写真では山裾にマラカナン競技場が見えます。

 

像

 

 ポルトガル語では何というのかわかりませんが、英語ではChrist the redeemer(救い主キリスト)の像と呼ばれています。像の真下に立って見ると、想像していたより小さいと感じる人が多いようです。私もそうでした。

 

 像そのものの高さは約30メートルだそうで、40メートルある高崎の観音様より一回り小さいのです。大体ニューヨークの自由の女神と同じぐらいの縮尺だそうです。

 

 中には階段がついていて頭のてっぺんまで登れるのだそうですが。この日はちょっと遅かったせいか登り口を見つけることができませんでした。

 

 


私のブラジル日記(6) 酒で飛行機が空を飛ぶ…?

前の環境保護の話で書いたことの補足と訂正をしておきます。

 

 ガソリンとアルコールのどちらでも対応できるフレックス車について、「ブラジルの場合はガソリンの25%までエタノールを混ぜてよいのだそうです」と書きました。でもこれは間違いのようです。フレックス車は技術的にはアルコール100%でも、ガソリン100%でも、それらを混ぜても使えるのだそうです。25%という数字の出てきた理由は、ブラジルでは環境対策としてエタノールをこの程度混ぜて使うことが法律で義務付けられたという事実が背景にあったようです。

 

 あるブラジル人は、エタノールは安いがリッターあたりの走行距離が短いので結局得にはならないから自分はガソリンだけで走りたいし、エタノールの押しつけは政府の勝手な方針だと苦情を言っていました。調べてみると発熱量はガソリン1リットルが3万キロジュールぐらいなのに対して、エタノールは2万キロジュールぐらい。つまり自動車が走行できる距離は3分の2程度ということになります。それなら価格がガソリンの3分の2程であって当然かもしれません。

 

 もちろん環境に対する意味合いは化石燃料とバイオマスで異なるわけで、それを国の方針として打ち出したブラジルはすぐれた国だと言えるでしょう。しかし、住民は環境意識よりは車の出足の良さの方を大切に思っている人も多いようです。

 

 ブラジルにはエンブラエルEMBRAEREmpresa Brasileira de Aeronáuticaという航空機メーカーがあります。売上高で欧州のエアバス、米国のボーイング、カナダのボンバルディアに次いで世界第4位の航空機メーカーだそうですが、このエンブラエルはエタノールで動くジェットエンジンを開発中で、ある程度は実用化の目途のついた状態だと言います。

 

 エタノールは漢字で書けば「酒精」。エンブラエルの開発が成功すれば、飛行機がお酒で空を飛ぶ時代が来るわけです。お酒で「ハイ」になるのは人間だけじゃなさそうです。

 (^o^)v


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