一生「成人」しない日本人 幼児化はなぜ起こるのか

JUGEMテーマ:社会の出来事

 1ヶ月ほど前に京都府立大の19歳の女子学生が部室でウイスキーを紙コップ2杯飲んで死亡した時に私はツイッターで以下のように書いた。

 「あたしみたいに子供の頃から酒のお相伴してれば決してそんな飲み方はしません。こういう事故を防ぐには未成年者に早くから飲ませるコトですッ!」
 
 これに対して無暗に真面目な人たちが、見当違いだの、馬鹿げているの、未成年者のアルコール摂取は害があるのとコメントを寄せたが、彼らがなぜこんな簡単なことすら理解できないのか不思議でならない。親が酒飲みだったせいで私は子供の時からお相伴にビールや水で薄めたワインから始め、19歳の時にはいっぱしの酒飲み女になっていた。だから、私だったらせっかくのウイスキーをストレートで紙コップでガブ飲みするなんてもったいないことは絶対にしなかっただろう。酒にも飲み方がある。それを知らずに飲むのは、運転の仕方を知らない者がハンドルを握るのと同様に危険なのは当たり前の話だ。早くから習い始める方が良いにきまっている。
 
 こんな話を蒸し返しているのは、今日が成人の日で、日本では20歳になると漸く晴れてお酒を飲んでよいという制度があり、多くの「生真面目な」現代の若者はそれを後生大事に守っているからだ。
 
 日本が民法で成人を20歳と定めたのは1896(明治29)年である。当時、日本人の平均寿命は40歳台だった。人生の半分近くで成人し、大人として認められたわけだ。ただ20歳という年齢には、十進法でキリがいいからという以外に何らかの根拠があるわけではない。未成年者にお酒を勧めていはいけませんなどと電車の吊り広告に書いてあったり、お節介にも政府が「未成年者飲酒防止強調月間」を定めて広報啓発活動なんかやっているが、19歳でお酒を飲んではいけないという根拠は医学的にも何もない。

 ヨーロッパではスイスやオーストリアは14−5歳から、フランスやイタリアでは16歳から公の場で酒を飲める。世界の大勢は18歳ぐらいだが、多くの国では飲酒の禁止ではなく酒の販売の禁止が定められているだけだ。ちなみに中国では酒も煙草も年齢を規制する法律は存在しない。20歳になるまで酒を飲んではいけないという日本の制度は、世界標準からするとガラケー携帯と同じでガラパゴス式孤立状態だと知っておくべきだろう。
 
  成人する、大人になるという意味はat your own riskで物事に対処できる年齢になったという意味である。逆に言えば、日本のように法律や規則や親や、自分の所属する会社や学校や団体のがんじがらめの管理に身を委ねて自らは何も考えず何のリスクも取らずに生きている人が大半の国では、国民のほとんどは一生涯おとなにならないのは当たり前だろう。お酒の飲み方すら知らずにどうやってリスクがとれるだろうか。
 
 今年から公職選挙法が一部改正され、選挙では18歳から投票することができるようになった。選挙権が18歳で成人が20歳なら、酒は16歳から公の場で飲んでいいことにしたって何ら問題がないだろう。一言付け足せば、多くの外国では「酒」といってもウイスキーや焼酎のような蒸留酒とワインや日本酒のような醸造酒を分けて考えている。何でも一律が大好きな日本だが、酒に関してはこれら二つを分けて考えるべきだと思っている。
 
 以前、「体罰をめぐる議論を見て」という前書きをつけて「25歳でも成人は無理、生涯コドモの日本人」という記事を掲載したが、今日の成人の日に相応しいと思うので、そのありかを再掲しておきますから読んでね♪

http://zhao.jugem.jp/?eid=288
 

恥を知れ、週刊文春

JUGEMテーマ:社会の出来事


<本日の意見> 恥を知れ、週刊文春

週刊文春の今週の特集は以下の記事です。中国や中国人に対する反感を煽り、対立を深め、軍事衝突にまで導きたい…というのですから、驚くばかりです。日露戦争後、小村外相の外交の勝利とも言える講和会議の結果に、賠償金が取れないという下世話な点しかわからない衆愚が暴動を起こし、内務大臣官邸、警察、新聞社、さらに講和会議の仲介をした米国公使館などを攻撃した日比谷焼打ち事件が起きました。今回の週刊文春の記事は、これと同じく、釣魚島の領土問題で徒に衆愚を煽動し排外攘夷を促そうという陰湿姑息な意図をもって編集されています。


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中国をやっつけろ!
橋下、小沢、ユニクロ柳井…中国をつけ上がらせたA級戦犯

 江沢民のペット習近平は中国の石原伸晃だ!

 独占入手尖閣海戦「自衛隊極秘シミュレーション」

 経済制裁やれるもんならやってみろ 潰れるのは中国だ!

 「日本企業は反日デモに損害賠償請求を」中国人弁護士の決断

 「パンダなんかいらない!」ジャニーズ誘致に仙台市民猛抗議

 売春、強盗、産業スパイ… 在日不良中国人を追放せよ!

中西輝政「野田首相よ、田中角栄の轍を踏むな」

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週刊文春はいま一般週刊誌の中では一番印刷部数の多い雑誌です。文春、新潮、現代、ポスト…と続き、文春が70万部、新潮と現代が60万部弱、ポストは50万部に満たないというのが今の序列です。しかし文春は2008年ごろに80万部近かったのが漸減して今の部数になっており、またかつては文春が後塵を拝していた現代が部数を伸ばして迫ってきています。

結局、文春社内では部数拡大を至上とする事が決定され、扇情雑誌化していきます。先日のAKBの前田敦子の泥酔写真(私でもあそこまでヒドくない)を掲載したことなどは、今の文藝春秋社と編集長の方針でしょう。

つまりいまの週刊文春は、文藝春秋社の他の部門を支えることを目的に「カネのために倫理も身も売った」雑誌なのです。ですから私は「週刊文春」から「週刊売春」に題名を変えるべきだと言っている訳です。

文藝春秋の創業者、菊池寛先生は「話の屑籠」というコラムを毎月執筆していました。昭和15年の6月号にはこんなことを書いています。

 

僕は上海で、二月頃日本へ来た時、僕が御馳走した支那の映画人や文芸人に招待されて、御馳走になっていた席上、一人の青年作家がいた。その人は英語を喋っていたが、つい先頃、加藤君と豊島君とが上海へ来たことを話して「加藤豊島」と、書いて見せた。僕は、相手が英語を喋っていたし、つい錯覚を起して「君は日本字が書けるのですか」と、いった。すると、その作家は、「いや、これは支那の字です」と、いった。なるほど、そうに違いない。大笑いになったが、これは僕の失言であった。が、われわれ日本人は、支那から受けた文化を、すっかり日本固有のものだと思い込んでいるところに、こんな失言が生ずるのだと思った。支那人が日本を見ている目を通じても、われわれ日本人が反省をして、真に支那人を愛し、支那を尊敬することから、恒久の日支親善が生れるのではないかと思った。

支那人のことを支那人と呼ぶことも、この際改めたらいいのではないかと思った。やはり中国人というべきではないだろうか。僕は、向うの要人と話しているあいだ、支那とか支那人とかいう言葉を出さないよう気をつけたが、なかなか骨が折れた。真の日支親善を計るためには、こんな用語から徐々に改むべきだと思った。

 

29日のツイート

創業者の思いを知らず、売上げのためにはキワモノをも辞さず、愚者に阿り、大衆を煽り、節操を持たないのであれば、誰とでも寝るユルい女と同じ。「週刊文春」なんてやめて、「週刊売春」に名前を変えなさい。
恥を知れ、文藝春秋社社員と下手クソ契約ライターたち!! 
Σ(0´*) 

http://twitter.com/Zhaoqiujin

 

 

 


ジャオのロンドン日記 (2) 英国人の「愛国」と日の丸

 
 ロンドンのオリンピック競技会場周辺はすごい熱気です。かつてこの国に留学していたのですが、普段は個人主義的な英国人がこれほどまとまって「愛国的」な態度を示すのは初めて見ました。
 
五輪公園駅前 写真はオリンピック公園のあるストラトフォード地下鉄駅前です。ここはロンドンの東郊で、もとは倉庫や廃棄物の捨て場になっていた貧しい地区です。移民の増加に伴い治安がいよいよ悪くなったこの辺りを再開発して、マトモな地区にしようというのがロンドン五輪の狙いの一つでした。再開発は大ショッピングモールの進出と地下鉄など公共交通網の整備で成功したように見えます。この辺りはロンドン市の中心から電車でわずか20分程度の便利な場所なのですが、黒人が多く犯罪率も高かったので住宅地としては敬遠されてきました。

旗1 これは、今日オリンピック公園内で見かけた観客たちです。英国人がこんなにchauvinisticだとは思いませんでしたが、ユニオンジャックがそこらじゅうに溢れています。口々にGo! GB! (Great Britain)と叫んでいるのですが、どうも正式名称のUK(United Kingdom)は不人気のようです。Great Britainというとブリテン島だけですから、北アイルランドは仲間外れになってしまうと思うのですが、英国人はそんなに気にせずに使っているようです。

 
英国選手が金メダルを取ると公園内は国歌God Save the Queenの大旗2合唱になります。この国が幸せなのは、王室や王制への支持が、軍備増強論や「大東亜戦争」正当化と直結したりすることなく、またユニオンジャック旗が教師の踏み絵にされないことでしょう。日本で皇室や日の丸が、まともな人たちから何となく疎まれる理由は、アホの軍人たちが始めた戦争を正当化し懐旧することに直結させたがる勢力があるからでしょう。つまり、国民に皇室や日の丸を疎んじさせているのは、その皇室や日の丸を絶対視する右翼のアホたちだ、という逆説的な関係が存在するのだと思います。

 
 したがって、右翼や大バカ市長…いや大阪市長らの余計な干渉がないロンドンで日の丸を振っている日本人は、ごく自然に自らの国旗に誇りと敬意をもっているように見受けられます。


ジャオのロンドン日記 (1) 選手団の入村式見学

 

 オリンピック・オタクのジャオはロンドンにやってきました。昨日は知り合いから選手村のデイパスを手に入れてもらい、日本選手団の入村式を見ることができました。

日本は、ガーナとフィンランドとともに式典を行いました。参加した日本選手は110人、入村式としては異例の大選手団です。団長の上村講道館館長のほか、橋本聖子さんや柔道の井上康生コーチなどの顔が見えました。

入村式

国旗掲揚の後、団長が傍の透明の柱に記念の言葉を書き入れるのですが、上村団長は嘉納治五郎先生の言葉である、精力善用自他共栄と書き入れて署名していました。音楽は全部Queenですが、衣装などは中世のチューダー朝からスチュアート朝のピエロや笑劇のもので、けっこうフランス的な感じだったとおもいます。

昨日のロンドンはいつも曇りか雨の天気が続く英国としては異常に良い天気で、日本選手団を歓迎してる感じでした。一方、中国はもう入村式が終わってしまったようでガッカリしました。

たまたま通りかかった中国選手と話をしましたが、選手村のレストランは洋食中心で、本物の中国菜が食べたいと言っていました。中国人は食事にこだわりますので、食事に問題のある今回の大会は北京の時のような活躍はできないかもしれません。

松沢神奈川県知事はいつから「お殿様」になったのか

JUGEMテーマ:煙草による被害を無くすために

禁煙条例をめぐるバカ殿のご乱心〜
 

 今月1日から神奈川県の「受動喫煙防止条例」が始まった。民間も対象にした屋内施設での喫煙を規制する全国初の条例だという。松沢成文神奈川県知事は「歴史的な一日」と胸を張ったというが、「条例の内容を把握している県民は1割に満たず、制度の周知が課題となっている」(毎日新聞)という状態のようだ。

 

 神奈川県の条例で完全禁煙が義務付けられ罰則もあるのは、学校、老人ホーム、映画館、集会場、公共交通機関、神社、寺院、教会、運動施設、公衆浴場、百貨店、金融機関、図書館、博物館、美術館、動物園、遊園地、保育所、病院、薬局、官公庁施設だ。

 

 このうち保育所や病院などは施設の性質上、禁煙もやむをえないと思うが、老人ホームに住む喫煙者は一体どうするのだろう。また学校といっても小中学校だけではなく、喫煙年齢の学生もいる大学も含むのだから奇妙な話だ。また後述するように警察の取調室も禁煙になるという。ヘビースモーカーの容疑者は、一服のタバコをエサに誘導尋問されるだろう。どこから見てもこの条例は松沢知事の「思いつき」から出たことにしか見えない。

 

 一方で日本たばこ(JT)は煙の出ない煙草を5月から発売するという。これは、「たばこの葉が詰まった専用カートリッジに、プラスチック製のパイプを装着して利用。葉を細かく刻むことで空気に触れる面積が増え、火をつけずに吸い込むだけで味と香りを味わえる」もので、「古くからある嗅ぎたばこを応用して数年かけて開発した」ものだそうだ。(東洋経済201047日‎)


 去年の秋に市民ニュースのJANJANに「嫌煙運動のファシズム化に抗議する」という記事を書いたが、JANJANが経営不振でサイトを閉じてしまったため、ブログに転載する。その趣旨は「喫煙室や喫煙所をしっかり作る事が分煙化に一番効果があり、ヒステリックに禁煙を強制するのは人口の30%もいる喫煙者のライフスタイルの圧殺に他ならない」ということだ。松沢知事のような思いつきによる条例制定は、江戸時代のお役人サマが町人に無理な規則をおしつけるのと何の選ぶところもない。選挙で選ばれたか否かと関係なく、民主主義を標榜する国の政治家として資質に欠けるとしか言いようがない。

 

喫煙者の権利を守れ!〜嫌煙運動のファシズム化に抗議する〜

 

 最近、浜松へ出張する機会があった。2時間も新幹線内でタバコを我慢し、ニコチン切れにな浜松喫煙所1った私は駅前でまず喫煙所を探した。しかし、浜松駅の周辺はどこを見てもタバコを吸っている人はいないし、喫煙所のサインもない。30分ほどウロウロした挙句にようやく見つけた喫煙所は、地下におりてかなり歩いた、ちょっとした広場の隅のわかりにくい場所にあった。もちろん駅からそこまでに喫煙所の場所を示す表示など一つもなかった。

 

 浜松には「市民マナー条例」という、喫煙所以外の公共の場所でタバコを吸ってはいけないという決まりがある。灰皿の後ろにはその旨が日本語のほか英語とポルトガル語でご丁寧に書いてある。しかし、市の決まりを、他から来た人や外国人にも守らせたいのであれば、なぜ喫煙所の位置をはっきり表示しないのだろうか。


 これは浜松市だけのことではないし、表示の不備だけのことでもない。この問題の根は、喫煙者に対する非喫煙者の全体主義的な態度と、禁煙を宣言すれば文化的だという自治体の安易な態度にあるのだ。

 

◇ 「嫌煙が文化的」という誤解

 この原稿を書いているときに産経新聞に「禁煙後進国ニッポン」という論説が出た。禁煙法が出た台湾に行ってきた記者が書いたこの記事は「嫌煙文化人」が陥りやすい欠点をみごとに取り揃えた文章なので引用する。

 

 (日本では)関西の大手私鉄5社はまだ分煙レベル。朝夕のラッシュ時のみ全面禁煙という駅が多い。(中略)全国に約3万6000ある公立小中学校で、敷地内を全面禁煙にしているのは66%。100%実施という都道府県は秋田、茨城、静岡、福井、滋賀、和歌山の6県にすぎない。(中略)受動喫煙の防止措置を求める健康増進法が施行されて6年5カ月もたつのにこの状況では、子供たちがかわいそうというものだ。 米がん学会の試算によると、来年1年間に世界で、喫煙が原因で死亡する人は約600万人。年間死者数の1割に当たり、受動喫煙の犠牲者も20万人を下らないという。まともな為政者なら躍起になって、喫煙を国内から追放しようとするだろう。台湾のように。(中略)禁断症状を伴う喫煙は中毒、病気なのである。(1022日産経新聞)

 

l         「まだ分煙レベル」という言い方は、分煙より禁煙が文化的だという価値判断を含んでいる。

l         「敷地内を全面禁煙」と「受動喫煙の防止」というイコールで結べないことをすり替えている。

l         教師にも喫煙者が多いのに、なぜ「敷地内全面禁煙」にしなければならないのかということに全く疑問を呈していない。

l         台湾のように法で喫煙を追い出そうという態度を「文化的」だと断じている。

l         喫煙が病気なら、喫煙者は病人である。病人はいたわるものであって追放する対象ではない(!?)。

 

 実事求是を旨とすべき記者が、現実に疑問を持たず、自分のケチな価値尺度で物事を断じ、気に食わない者を追放しようという記事を書くのは編集権の濫用だ。

 

◇ 禁煙条例より喫煙場所の確保が先決

 禁煙主義者にタバコの害を挙げさせたら、五十でも百でも箇条書きにする事ができるだろう。癌や心筋梗塞の発生率、不妊、低体重児出産、受動喫煙の害、におい・・・・。でも喫煙者のほとんど全員がそんなことはよく知っているのだ。私だって小児のいる所や混んだレストランでタバコは吸わないし、妊娠したらタバコは一時はやめるだろう。

 

 いま一番大きな問題はタバコの害そのものではなく、タバコの害を錦の御旗として日本に三千万人もいる喫煙者を無視し、喫煙者用の施設を整備することもなく、その権利を条例や規則で圧殺しようという点にあるのだ。

 

 新しいオフィスビルへ行くと必ず障害者用のトイレがフロアに一つは設置されている。またバリアフリーに気を配った設計のところも多い。その一方、オフィスのどこかにきっちりと喫煙所を作っている会社や役所は極端に少ない。どの職場でも4−5人に一人は喫煙者がいるはずだ。その数は、障害者用トイレやバリアフリーの恩恵を受ける人より絶対に多いはずだ。それなのに多くはビルの裏口の横に申し訳程度に灰皿を置いたり、或いは3畳ほどの薄暗い物置のようなところを「喫煙室」と名づけている状態で、まともな喫煙施設と言うには程遠い。。

 

 バリアフリー化が進む一方で、なぜ喫煙者用施設の整備は進まないのか。一つの答えは、多数派の非喫煙者にとってバリアフリーは善であり、喫煙は悪だからだ。多数派の身勝手な善悪感によって30%の同僚、同胞を見捨てるのは全体主義以外の何物でもない。

 

 喫煙者の人数を考慮して喫煙所が整備され、初めて訪れた人にも喫煙所の場所がすぐにわかれば、オフィスでも街中でも野放図にタバコを吸う人は激減するだろう。この問題の解決はひとえに、喫煙者の人口比率に応じて喫煙室・喫煙所の整備を行い、非喫煙者がタバコの煙や臭いを感じないで済むようにすることに尽きる。逆に言えば、禁煙条例を安易に作るだけで喫煙施設を省みない無責任な自治体やヒステリックな喫煙の害の主張は、何の役にも立たないということだ。

 

◇ 低い喫煙率は「文化的」か

 中国では女性の喫煙率は3パーセント前後ときわめて低い。北京に住んでいた時、バーでタバコを吸っているとそのスジのお姐さんと間違われて男が寄ってきたことも一度や二度ではない。OECDのデータでは韓国女性の喫煙率は4.6パーセント、日本は12.4パーセントと、東アジアの女性の喫煙率はきわめて低い。

 

 喫煙率が低いのが「文化的」ならばアジアの女性が世界でもっとも文化的であり、(英国は22%、ノルウェー24%、オーストリア32%。)ヨーロッパがもっとも「非文化的」な地域だといえる。しかしこれはウソだ。喫煙率はフルタイムで働く女性の比率と正比例しているのであって、中国が文化的だということではない。つまり女性の社会進出が遅れ女性の地位が低い「後進国」では女性の喫煙率が低いだけの話だ。

 

◇ 法的な疑問

 神奈川県では「公共的施設における受動喫煙防止条例」が施行されるため、警察でも取調室をすべて禁煙にするという。ヘビースモーカーの容疑者を取り調べるときに、長時間タバコを吸わせないことは拷問に等しい。タバコを吸わせてやるからと言われて誘導尋問に応じてしまう容疑者がいないと言い切れるだろうか。容疑者に食事をさせないで長時間取り調べることが人権問題であるのなら、ヘビースモーカーにタバコを吸わせないことも全く同様だということを何故無視するのだろうか。

 

 足利事件で自白の誘導や取調べ方法の妥当性が問われている中で取調室を禁煙にするのは、足利事件の教訓を無視し、禁煙は文化的だという誤った西洋崇拝の尻馬に乗っただけではないか。日本の憲法には、強制、拷問若しくは脅迫による自白は証拠とすることができないと書いてある。神奈川県の条例は憲法の規定に反する行為を誘発しかねない危険な悪法である。

 

 江戸の「粋」の化身とも言うべき助六は廓でも大人気、髭の意休をやり込めて「キセルの雨が降るようだ〜」と見得を切る。これを見て「喫煙は不道徳だ」、「こんな歌舞伎は教育的でない」と嫌煙家たちが言うのであれば、それこそ無粋の極みだろう。寛容の欠如は「粋」を殺すだけではなく、ファシズムそのものであることを、ヒステリックな嫌煙主義者たちは知るべきである。

(以上は2009年JanJanに掲載されたものの再録です。)


成人年齢引き下げに男性は「賛成」、女性は「反対」

JUGEMテーマ:社会の出来事
 

 成人年齢の18歳への引き下げに男性は「賛成」、女性は「反対」が多数。博報堂生活総合研究所(東京)がこのほどインターネットを通じて「成人年齢引き下げ」や「夫婦別姓」などの社会問題について調べたところ、男女の意識差が明らかになった、という記事が新聞に載っていた。

 

 博報堂の調査は昨年10月おこなったもので、15歳から69歳の男女あわせて3340人から回答があったという。成人年齢の18歳への引き下げについて、男性は「賛成」(36.6%)が「反対」(28.8%)を上回った一方、女性は「反対」(41.6%)が「賛成」(24.9%)を上回り、男女の意見が不一致という結果になった。

 

 この結果について博報堂は「年齢引き下げは大人を自覚する良いチャンス」と思う男性と、「未熟なおとなが増えている今、年齢引き下げが社会問題の解決につながるとは思えない」と感じている女性の意識の差が浮彫りになったと分析している。

 

 去年8月に私はインターネットニュースのJANJANに「25歳でも成人は無理、生涯コドモの日本人」という記事を書いた。今回の調査を見て、私と同じく感じる女性が多いことに力を得た。

 

 このJANJANニュースは今月一杯で経営不振のため休刊になってしまうという。たぶんそのまま廃刊になって、オーマイニュースのときと同じく私の記事も消え去ってしまうのだろう。そこで自分の記事をコピペして自分のブログに載せておくことにした。

 

25歳でも成人は無理、生涯コドモの日本人

〜法制審の成人年齢「引き下げ」は逆、むしろ「引き上げ」を

 

 投票箱法務大臣の諮問機関である法制審議会の「民法成年年齢部会」は7月29日、国政選挙で投票できる選挙年齢を18歳に下げることを条件に、民法が20歳と定めている成人年齢を18歳に引き下げることが適当だとする最終報告書をまとめた。成人年齢を引き下げる意義については、「18〜19歳の社会への参加時期を早めることを意味し、若者が将来の国づくりの中心だという、国の強い決意を示すことにつながる」としている。

 

 しかし「成人年齢」を2歳引き下げたから日本人が早く「オトナ」になるかというと、私は全く懐疑的である。いまの若者の状態を見ると、むしろ成人年齢の「引き上げ」が必要だと思う

◇「オトナこども」の蔓延する日本

 私は中国人だが、日本人は同年齢の中国人と比べて見掛けが若いし、精神的にも成熟が遅い。少し前に「シュガー社員」という言葉を聞いた事がある。日本では、大学卒業生の就職面接にまで親が付き添ってきたり、会社の残業にまで口を出す親がいるという。

 

 本人も、仕事を始めてから突然何の連絡もなしに会社を辞める、仕事場で叱ると親が会社に来て抗議する、時間にルーズで定刻通りに出勤しない、仕事よりも私事を優先し業務に支障をきたす、自立心が乏しいのに自信過剰、などの共通点を持つ若者が増えているという。(出典:Wikipedia)この言葉が広く使われたのは、文字通り「オトナにならない」実態があったからだろう。

 

 「成人」の遅れは結婚の高齢化にも現れている。日本の結婚年齢はここ30年ほど上昇を続け、25−29歳の女性の未婚率は1970年代に20%前後だったものが、今では50%を超えている。男性も30−34歳で10%前後から46%にまで上昇している。女性の場合は就業率が上がり主婦予備軍が減ったことが理由の一つに挙げられるが、それでは男性の増加の理由にはならない。

 

 未婚率の急激な上昇が80年代のバブルの頃に起きていることを考えると、仕事や遊びで楽しい時代を少しでも長く味わうために結婚を先延ばしにするのがその理由と思われる。子供や配偶者など家族を持つことに伴う責任を取りたくないのだろう。モラトリアムを続け人生の決断を下さないことは、人間の成熟を遅らせる。(これはアラサー女の私自身も含むのだが。)

 

◇人を「おとな」にさせない政府

 日本人がおとなにならない原因の1つは政府にある。

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神奈川県知事の非常識、東京都知事の常識

 
 
神奈川県は来月から罰則付きの受動喫煙防止条例を施行するのだそうだ。県内に約11万カ所ある飲食店やホテルなどは「全面禁煙」にするか、「店内での分煙化」にするかを選ばなければならず苦慮しているという。

 

 何で、各店舗ごとに全面禁煙か、分煙かという選択をしなければならないのだろう。なぜ「禁煙店」、「喫煙店」の二種類にしてはいけないのだろう。

 

禁煙ポスター 一つの店を内部で区切って分煙化するには大掛かりな工事が必要でお金がかかる。店にとっても客にとっても、「禁煙喫茶店」と「喫煙喫茶店」の両方が点在していた方がよほど便利だと思う。またニューグランドみたいに大きな国際ホテルにはバーが二つぐらいはあるものだ。片っぽを禁煙バーにし、メインバーではシガーも吸えるようにしておけばいいじゃない。だいたい、世界的に見てメイン・バーで煙草も吸えないようなホテルは一流とは言いかねる。

(このポスターは私から見れば「吸いたい人にも吸わせない」に見えるのだが・・・)

 神奈川県の松沢知事は、分煙化が現実的でないことを知っているのだろう。それでも、県民の30%を占める喫煙者を欺き、県内11万箇所の店やホテルに出費を強い、客の都合は無視して自分の偏狭な考えを押し付けようとしているというわけだ。つまりは、自分の方針に全県民がひれ伏して従うことを求めているということだ。
 

 厚生労働省は先週、飲食店やホテルなど公共的施設の原則全面禁煙を求める通知を地方自治体に出した。これに対して松沢知事は「(喫煙者に対する)罰則がないのは、国の自治体に対する責任転嫁も甚だしい」と憤り、「国にやり方が分からないのであれば、神奈川県の条例を参考にしろ」と述べた。自分が100%正しいと思っているからこのような発言が出るのだろう。

 

 人不同於己、雖善不善、謂之矜。 (自分と意見が異なると、相手の意見が悪いという。これを独善という。『荘子』)

 

 一方、東京都の石原知事は、厚生労働省の通達についてこんなことを言っている。

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バンクーバーの桜?

 

sakura1 バンクーバーは快晴で暖かい日が続いています。今日の予報も、最高気温は11度まで上がる予想で、コートのボタンをとめなくても街を歩けます。ダウンタウンを散歩していたら、ピンク色の花が満開なのに気づきました。あっ桜だ・・・などと思ってから、私も随分日本人化したかも、と思いました。中国ならまずは梅、桃、李、杏の花を思い浮かべるはずで、桜は順位が低いからです。

 でも木の幹が桜とは何となく違うように見えるし、花の色もピンク色が濃いように思います。ホントに桜かしら・・・?でもそのすぐ横に「日本料理SAKURA」という店があったので、やっぱり桜かな、などと思いました。


 

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バンクーバーへ来ました!

 

街中 中国では今がちょうど春節(旧正月)で、今週一週間は会社も官庁も休みだ。日本には春節はないが、「中国で春節ですから休ませてください」と無理を言って、バンクーバーへオリンピックを見にやってきた。

 

 一昨年、北京でオリンピックを体験して以来、私はオリンピック・フリークになってしまったようだ。街中に人が繰り出し、勝ったとか負けたとか、あのプレーは最高だったなどと「同じ言語」で熱く語る、あの興奮が忘れられないのだ。

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私のお気に入り新聞 〜読みやすい産経Express〜

JUGEMテーマ:社会の出来事

 電車内の吊り広告を見て、産経新聞が出している「産経Express」を家でとり始めた。産経新聞自体は中国に批判的な記事が多くて私はあまり親しみを感じなかったのだけれど、この新聞はとても読みやすいし内容がしっかりしている。

 

浅田真央 タブロイド版で横書きなのと写真が多いので、週刊誌感覚で読める新聞だ。新聞記事には数字が多いから本来は横書きの方が合理的なのだが、日本の新聞はなぜか頑固に縦書きを守ってきた。中国の新聞は全て横書きだし、韓国も横書きが結構ある。(もっとも中国の場合は法律で縦書き出版物を禁じているので、本も新聞も横書きにならざるを得ないのだ。)

 

 この写真はフィギュアの浅田真央ちゃんだが、普通の新聞はこういう写真は絶対使わない。スポーツ面ならジャンプのアップを使うと思うが、これはAP通信社の配信とはいえ芸術写真に近い。フィギュア・スケートって形が全てなのだから、こういう写真を使うと現実よりさらに思わぬ形がみえるものだ。これって雑誌感覚だと思う。  

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