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ジャオの北京日記 文盲のこと

JUGEMテーマ:中国ニュース
 

この前、地下鉄2号線と5号線の乗換駅である崇文門で、大きな荷物を抱えたいかにも田舎者という感じの女性に呼び止められた。訛りの強い言葉で5号線の乗り場はどこかと尋ねている。ふと見ると目の前の柱に「2号線↑ 5号線→」と大きく書かれている。私は甚だ突慳貪な態度でその表示を指差し、「あそこに書いてあるでしょ」と言うと、その女の視線が急に宙を泳いだ。

 

日本では全く忘れている事だが、中国にはまだ文字の読めない人が結構いるのだ。気づいた私は態度を改め、あなた数字は読めるの?と聞くと頷くので、あそこに5って書いてあるでしょ、あの矢印の方向に進めば5号線のホームへ行けるわよ…と言うと漸く視線が落ち着きそちらへ向かっていった。

 

(写真は1号線と4号線の乗換駅の「西単」駅。柱に1号線・4号線の表示がある。東京と同じく路線によって色が違う。)

 

 去年4月に国家統計局が発表した文盲率は4.08%だから、人口にすると5千万人ぐらいは文字が読めないことになる。この統計は、以下の記事にあるように15歳以上の文盲の総人口に対する割合で、2000年と比べると6.72%から2.64ポイント下がっていると言う。また別の記事に拠れば、文盲のほとんどは田舎の人で女性が多いという。私に道を尋ねたのはそういう人の一人だったわけだ。

 

国家統計局:我国文盲率為4.08% 十年降2.64個百分点

中国経済網北京20110428日訊

国家統計局今日発布第六次人口普主要数拠,数拠顕示…文盲率(15歲及以上不識字的人口占総人口的比重)4.08%,比2000年人口普6.72%下降2.64個百分点。各種受教育程度人口和文盲率的変化,反映了十年来我国普及九年制義務教育、大力発展高等教育以及掃除青壮年文盲等措施取得了積極成効。

 

彼女の視線が宙を泳いだ時に思ったのは、「文盲」とは理詰めでつけた名称ではなく、感覚的な名称ではないかと言う事だ。盲人と話をしていると視線(というか顔の向きだったりするわけだが)が思わぬ方向に向いていることがある。目が見えない以上これは当然なのだが、文盲の人に行先表示を指差した時の視線の泳ぎ方は、盲人の場合とそっくりだった。

 

日本では「盲人」というごく一般的な名詞すら目の不自由な人と言わなければならないのだろうが、文盲はなんて言うのだろうか。文盲なんて日本にはいないから…と賢しらに答うちして言ひまぎらはす人いと憎し…は放っておいて、「文字認識能力が不足している人」とか「読み書きの不自由な人」とか言うのだろうか。

 読み書きが不自由なのは文盲に限ったわけではなく、ホーキング博士みたいな人だって不自由だから「文盲」を表すのに正確ではない。「目に一丁字ない」という表現や「あきメクラ」という蔑称が死語になったとすると、中国の文盲者のことを日本人がなんて呼ぶのか、
言葉狩りの好きな「脳みその不自由な人たち」のゴタクを聞いてみたいものだ。

 

私の大好きな漫画である長谷川町子さんの「いじわるばあさん」にこんなシーンがある。医者へ行ってみると「本日休診」の札が下がっているのにムッとした意地悪ばあさん、あとから来た職人体の小父さんから「なんて書いてあるんです?」と聞かれて「本日割引きですよ」って答えるのだ。割引に喜んだ職人がドアを散々たたくので医者が閉口するというオチなのだが、この職人が文盲でなければこの話は成立しない。日本でも1970年代ぐらいまでは文盲がかなりいたのだろう。中国と違ってわが国には文盲などいないとタカビーに言う者は、自分の親や親戚が文盲だったかどうか先に調べてから言った方がよさそうな気がする。

 


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