私の「満鉄」旅行記(6) 満洲国には「国民」がいなかった!

  • 2019.03.07 Thursday
  • 21:31

 

◆ 満洲の住民

 20世紀初頭には1500万人程度だった満洲の人口は、1940年には4100万人まで膨張していました。日本の貧しい地方から満洲のあちこちに開拓団が移住したことや、満鉄の関係者、さらに日本から逃れるように大陸に渡った若者などがたくさん住んでいたのです。また日本の朝鮮総督府が進めた朝鮮人満洲移住計画のためでもあります。朝鮮北部の咸鏡道・平安道の朝鮮人を吉林省へ送り、南部の慶尚道から黒龍江省へ、南部全羅道から遼寧省へというように60万人ほどの朝鮮人が移住したと言われています。とは言え4100万人の人口のうち満洲族を含む中国人が94パーセントで大多数でしたが、200万人以上の日本人(朝鮮人を含みます)や6万人余りのロシア人も住んでいました。しかし、実は満洲国は「国民のいない国家」だったのです。

 

 なぜ国民がいないのかというと、満洲国には憲法がなかった上に、国民の要件を定める国籍法も作られなかったからです。ですから「満洲国籍の民」というのは法的には存在しなかったのです。満洲ではなぜ国籍法を作らなかったのでしょうか。

 

◆ 国籍法ができなかった理由

 いくつか理由がありますが、その一つは満洲に住む日本人が満洲国籍になることを嫌がったからです。先ごろの蓮舫議員や全米オープンテニスで優勝した大坂なおみ選手の件でおわかりのように、日本は今でも二重国籍を認めていません。当時の国籍法(1899年法律第66号)では、第20条に「自己ノ志望ニ依リテ外国ノ国籍ヲ取得シタル者ハ日本ノ国籍ヲ失フ」とあります。(いまの国籍法でも同様で、第11条に「日本国民は、自己の志望によつて外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う」とあります。)

 

 当時、満洲に住む日本人は領事裁判権の適用や課税の免除といった治外法権を持っていました。日本国籍のままでも取り立てて何の不自由はなかったのです。満洲から外国に出る際はどうしたのでしょう。日本人や朝鮮人は日本のパスポートを使えますし、日本へ渡航する時には戸籍謄本だけで十分だったのです。ですから、日本人にとって満洲国籍になるメリットは何もないに等しかったのです。

 

 特に満洲国の政府機関で働く日本人は、日本の官庁や会社のポストに戻ることがあるわけですから、満洲国籍を取り日本国籍を捨てるわけにはいかなかったのです。満洲側では二重国籍を認めていましたが、日本国籍を放棄してしまったら、日本の官界や実業界への復帰の道が絶たれてしまいます。(左は大日本帝国旅券)

 

 「五族協和」というスローガンを掲げた日本の軍部は困りました。漢、満、蒙、朝、日の五族と言いながら日本人だけが「外国人」では、スローガン自体が成り立たなくなるからです。満洲国政府を日本の指導下に置きたいものの、満洲国の官僚や幹部である日本人が日本国籍の「外国人」で治外法権を振りかざしていては「五族協和」のお題目が最初から嘘だとばれてしまう。ですから関東軍は満洲国の国籍問題や法案に関する情報が表ざたにならないよう大変に苦労しました。

 

◆ 外国人である日本人に対する不満

 実際に満洲国政府の漢族や満州族幹部の間では、「外国人」である日本人がなし崩しに大挙して乗り込んできて政府の要職を独占したことに不満が高まっていたようです。早稲田の先生で日本の旧領土での国籍問題に詳しい遠藤正敬さんは、当時の日本の在吉林領事から外務省宛ての以下のような秘密電報を紹介しています。

 

「1934年4月,在吉林領事の外務省宛電報では『日本国籍ヲ有スル者カ満洲国ノ官吏タル為中央地方全体ヲ通シ満洲国人官吏トノ感情融和セサル所有リ』満系官吏は『内心ハ殆ト全部不快ノ念ヲ抱キ敬遠的態度ヲ取リ』日満官吏における軋轢は深まっていた。」

「日本人官吏の国籍が不分明のままその地位を存続すれば,『満洲国人』の民族意識に悪しき影響をもたらすばかりでなく,満洲国の独立国家としての形態を欠損するとの懸念が日本側にも強くなっていた。」

 

 また、日本から移民してきた農民にも、お前たちは満洲国へ移住してきたのだから明日から日本人ではないというロジックは通用しませんでした。満洲国籍を作ってしまうと移住した農民たちは日本国籍を放棄せざるを得ません。でも、隣接する朝鮮や台湾では朝鮮人、台湾人を、二等国民にはせよ、日本臣民として扱っていたのですから、満洲では日本国籍を捨てろと言われたら新規の開拓農民が入って来なくなってしまうでしょう。「金鵄輝く大日本帝国臣民」だと思い込んでいた日本の農民などがこれを認めるはずがありません。こんな理由で満洲国には終戦まで国籍法が無く、その結果として国民がいなかったのです。(左は満洲国のパスポート)

 

 満洲国には憲法もなかったので、関東軍は国籍法がない事も曖昧なままにして最後まで放置しました。最初から満洲に住んでいた中国人の「戸籍」を作り、戸籍を持った人は国民だということにしてお茶を濁しました。中国人でも山東省あたりからたくさん入って来ていた季節労働者などは、満洲域内に戸籍がないということで外国人扱いにし、同時に革命を逃れてきたロシア人に関しても、ソビエトからクレームがつくのを恐れて無国籍のままで放置しました。一方で、朝鮮人も含む日本人は日本や朝鮮に戸籍があれば満洲に戸籍がなくても構わないという行き当たりばったりで杜撰な解決法を取ったのです。

 

◆ 間抜けな主張

 日本の右翼がネットでこんなことを書いていました。

「満洲は明らかに清朝の復活です。満洲人の満洲人による満洲人のための満洲国を作りたかったんだけれども、それをやる能力がないから日本が内面指導したんです。大臣はすべて満洲人か清朝の遺臣でした。」

 

 この主張は「大臣は全て満洲人か清朝の遺臣」というところからして間違っています。上に書いたように満洲国には国籍法がなかったのですから、「満洲人」とはなんでしょうか? 大臣は殆どが漢族であって、満州族ではありません。また、満洲国政府の初代の実業部部長(経産大臣)になった張燕卿は清末の政治家、張之洞の息子ですから満洲生まれではないし、1898年生まれで辛亥革命の時にはまだ13歳ですから清朝の遺臣であるわけもありません。それに各部の次長(副大臣)のポストにはほとんど日本人が座っているのです。中国人にその能力がないから日本人が次長にすわって「内面指導」(ってどういう意味でしょうね)したというなら、つまり治外法権に守られた外国人が政府に乗り込んで意のままに操ったということではありませんか。

 

 憲法もなく、選挙もなく、治外法権を持った「外国人」が皇帝の秘書から政府の要職までを独占した国、国籍法がなく国民が不在だった国、立法院は作ったけれど議員選挙は行われたことがない国、それが満洲国の実態でした。

 

◆ 日産とルノーに例えてみれば・・・

 昨日ちょうど日産のゴーン元会長が保釈になったので、満洲国を日産という企業に例えてみましょう。この企業には定款がないのです。そして労働契約もないので誰が社員なのかはっきりしません。とにかく工場へ出勤してくる人が社員であるということにして業務を行っているだけです。フランスと日本の「二族協和」企業をスローガンにしており、代表取締役会長や取締役はすべて日本人ですが、執行役員や各部の部長はすべてフランス人で占められています。しかもこれらのフランス人はすべて外交官であり治外法権を持っていますから、日本でどんな犯罪に関わろうが日本では処罰されないのです。また、会長の秘書などはすべてフランスの軍人で、経営方針はフランス政府とフランス軍の意向に沿って決定されています。就業規則はありますが、治外法権を持ったフランス人はこれに従う必要はありません・・・。

 

 こんな組織を会社と呼べるでしょうか?こんな組織を日本人とフランス人の「二族協和」を目指す理想の企業だと言えるでしょうか? 全く冗談にもならないレベルであることが明白だと思います。満洲国というのはこんな存在だったのです。そこで従業員たちがいくら真面目に働いていたとしても、これが企業と呼べないことに変わりはありません。

 

 企業や法人で言えば定款すらない団体、そして今の言い方をすればガバナンスやコンプライアンスどころか、その根拠となる基本的な決まりすら存在しないのが満洲国という「組織」だったのです。満洲国は理想の国家建設だったなどという馬鹿らしいお伽噺を今になっても意図的に吹聴する日本人がいます。国家の建設が国民の存在なしにできるものかどうかという最も基本的な事に目を向ければ、満洲国が「国家」ではなかったことは明白です。

 

 石原莞爾は、所詮は陸軍の学校しか出ていない田舎の秀才でした。ドイツに留学したものの、国家の構造や法治の仕組みなどは学ばず、白人に対する嫌悪感を増長させたに過ぎなかったのです。彼は結局は世界を見据える目を持たない空想家の軍人に過ぎませんでした。国民のいない「満洲国」が「国家」とは呼べない事は自明の理だからです。

 

(「私の「満鉄」旅行記(7)満映 李香蘭と甘粕正彦」に続く)

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< August 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

  • 松沢神奈川県知事はいつから「お殿様」になったのか
    禁煙中 (04/12)
  • 海賊版は永遠に不滅です!? 〜現実の問題〜 (5)
    文理両道 (12/16)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM