ジャオの北京日記ァ仝宜髪卻爾力辰梁海

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 獰猛なお婆さんたちの話を書いた後で母が教えてくれたが、紅衛兵のおばさんたちは文革が終わると、単位の住宅の敷地入口にある売店に就職を斡旋され、そこで物を売ると同時に、単位に出入りする者を監視して公安や軍に通報していた人が多いという。外国人や風体の怪しい人が単位住宅に行こうとすると、おばさんたちから直ちに警察へ通報されたそうだ。

 職場と住宅がセットになった単位という制度は、住宅売買と居住場所の自由化によって有名無実化し、今やほぼ完全に崩壊している。監視用の売店は、車の出入りをチェックするガードマンの詰所に改造されているところも多い。中国の資本主義化が進む中で、バアサンたちは職も存在意義も失ったので、あのような獰猛な顔をして街を歩いているのだろう。

 いずれにせよ、彼らは文革後も一貫して「人民の敵」だったわけだ。政治的には彼らを放置して死ぬのを待つのが得策なのだろうが、私たちの世代を納得させ本物の和諧社会を作るためには、彼らの罪を暴き罰することが必要だと思う。

ところで、
 昨日は、しゃおりんさん(小林さゆりさん)が
ブログに書いておられた連休中の花見スポットを見て北京市南部の陶然亭公園へ行ってきた。この公園は慈悲庵という古い尼寺を中心において50年ほど前に作られた新しい公園だ。

 牡丹の花は残念ながら既に終わってしまい、蓮の花にはまだ早い時期だったが、公園の付近のねむの木の花が満開で甘い匂いが一杯だった。これから夏にかけてねむの木の他、夜来香、茉莉花(ジャスミン)などが咲くが、ねむの木の花の香りが一番やさしい甘さを持っており、私はこの時期が好きだ。

 私と同様、江戸っ子の北京人である李順然さんが、暑くて寝苦しい夜には茉莉花を一つ摘み取って枕の上に置くという話を書いておられたが、ねむの木の花ならさらによさそうだ。

ジャオの北京日記ぁ.繊璽猝召良週は?

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NBAチーム名の漢字表記
姚明がNBAへ行って以来、中国では米国のバスケットがとても人気がある。ちょうどいまNBAのプレーオフの時期なので、新聞も大きな紙面を割いて試合結果を伝えている。

 中国語で面白いのはそのチーム名の表記だ。日本語ならカタカナがあるから、簡単にユタ・ジャズとかロサンゼルス・クリッパーズなどと書けるが、漢字しかない中国ではそうはいかない。音を漢字の発音に当てはめる場合と、意味を漢字にしてしまう場合があり、後者は日本語で考えるとすごく奇妙なのが多い。
 
 たとえばユタ・ジャズは音から爵士と表記されるのでまだわかりやすいが、次に挙げるのがどこのチームか当ててほしい。

(盥埃圈↓∨盻僉↓3シА↓げ船、デ六

これは
Pacers、 Magic、 Grizzlies、 Clippers、 Spurs
で、いずれも今年のプレイオフに出ているチームだ。マジックの魔術、クリズリーズの灰熊はまだ直訳でわかる。またクリッパーズはカティサーク号のような快速帆船の意味だから、快船もまあ妥当だろう。

 ペイサーズの「歩行者」というのはpedestrianの訳語である日本語とは異なり単に歩いて行く人の意味でだが、中国でも「可能訳作溜馬隊或者溜車隊…」と書いてあるからあまりいい訳だとは思われていないらしい。競馬やインディカーなどのペースメーカーの意味だといわれる。

 一番面白いのはスパーズで、「馬刺」と書けば日本人なら誰でも「馬刺し」と勘違いするだろうけど、スパーズとは乗馬靴の後ろにつける拍車の事(米国式のはカウボーイのブーツの後ろに丸いトゲトゲのがついている)なので馬刺になってしまったのである。

 またサッカーのスペインリーグも中国ではなぜだか人気が高いが、レアル・マドリードは皇家・馬徳里、或いは略して皇馬という。レアルは英語のロイヤルだから王家のという意味なので皇家・馬徳里は妥当な訳だし、「皇馬」は字面もいいし、2文字で表せるのは新聞などでも有利だ。

 ちなみに、バルサは巴薩(巴塞羅那:バルセロナ)、グラナダは格拉納達などと、他のチームは音を漢字に直して書いている。

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獰猛な顔
 母は毎日忙しく働いている。毎朝7時過ぎに家を出て、帰ってくるのは夜11時過ぎだ。母のもとでのんびり過ごそうと思っていた私は勝手が違ってしまい、晩御飯を母が帰宅してすぐ電子レンジにかけられるように用意してから友達と待ち合わせて飲みに出かける生活になってしまった。

 日本人が会社のために一生懸命残業して遅くなるのと違い、中国人がそんなに長時間は働くのは、それが何か自分のために役立つと思った時だけだ。母は、北京に出店するチェーン店などの不動産の見立てと交渉の代行をやっているようで(実は私は何度説明されてもよくわかっていないのだが)、かなりのマージンが出る仕事なので面白いのだろう。怠け者の娘はもっぱらその上前をちょっとだけいただいては友達と食べたり飲んだりして騒いでいるわけだ。

 先日、宣武区(今は西城区に併合されたが)のイスラム住民の多く住む牛街の方へ行った時に、60歳ぐらいの老婆でひどく獰猛な目つきの人が多いのに驚いた。うっかりものを尋ねたりすると咬みつかれそうな目つきなのだ。
私が以前住んでいた西三環の方でも町の中心部でも、あんな怖い顔のお婆さんたちは滅多にいなかった。不思議に思って母に聞いたら、たぶんそれは「あの人殺しの紅衛兵のなれの果て」だろうという答えだった。母からすると、教育もロクに受けていない連中が毛語録を片手に知識人を迫害し殺したことは、今でも許しがたいことなのだ。そういわれれば確かにその連中はどこへ消えたわけでもなく、今でも北京に住んでいるはずだから、60代ぐらいのが沢山いてもおかしくない勘定だ。

 彼らは文革の頃、紅衛兵として知識人の家へ押し入り、書籍を焼き、後ろ手に縛って三角帽子を被せ、結果として多くの知識人を死に追いやった人たちだ。それから40年たって、文革でさんざんやっつけたはずの知識人階級が再び抬頭し、自分たちは改革開放から取り残されていることが我慢ならないのだろう。

 彼らは人殺しをしたものの、罪の意識はたぶん今に至るまでほとんどなく、しかも何の罰も受けていない。罪だと思わずに人を殺した者の顔は、美形であろうがブスであろうが関係なく目つきが獰猛になるのだろうか。日本人で言えば重信房子のような面構えの、殺人や殺人未遂、暴行などを罪の意識なしにやった連中が、中国では檻にも入れられず周りにウロウロしているのだから気を付けなければならない。

 しかし、それにしても獰猛な目つきの婆さんはいるが、もと紅衛兵の爺さんたちはどこへ行ってしまったのだろうか。若い男なら、獰猛な顔をした黒社会(ヤクザ)らしいのは見かけるが、年寄でそういう男は見かけない。平壌でサッカーの試合を見に来た元日本赤軍の男に関する報道があったが、男は弱いから罪の意識が生まれたりして人殺し根性が年とともに蒸発してしまうのに対し、女は人殺し根性が年とともに固まっていってしまう違いがあるのではないだろうか。(上智の猪口オバンや社民党の福島オバンが年とともにアホが固まってきたように思えるのも同じ理由かもしれない。)

 中国政府は、元紅衛兵の問題に触れないまま彼らが死ぬのを待つ政策をとっていると見るが、本当に中国人が和諧社会を求めるなら、街をうろついている元紅衛兵たちの罪状を一人一人明らかにして罰を与えない限り、和諧は有り得ないだろうと、母の様子を見ると思う。

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日本にいるときは忘れているが、北京へ帰ってくると、ああここではそうだった…と思い出すことがいくつもあります。日本と中国の生活環境の違いが端的に出ているので、今日はそれをいくつか挙げてみます。

◇ 北京の夜は暗い
 北京の夜は、東京が震災後節電していた時よりはるかに暗い。ネオンサインや街路灯はついているのだが、それでも路面をしっかり見つめて歩かないと怖いぐらいに暗い。路面を見るのには意味があって、時にマンホールの蓋が外してあって上にベニヤ板が一枚載っているだけということがあるからだ。またマンホールの蓋がずれている場合もあり、うっかりすると大怪我をする。また路面の敷石が雑に敷いてあるために、ヒールを食われてしまうこともある。
 また、工事のため電信柱から外された電線が地上近くにまで垂れていることがあり、家庭用でも220ボルトの中国ではうっかり触ると大変なことになる。でも慣れるとこういうものを避けながら暗い中を結構早足で歩けるようになるから不思議。
 また、マンホールに落ちたりしても、それは落ちた方が悪いのであって、電気会社や区役所を訴えても埒があくわけもない。日本の生活何とかネットとか社民党とかの、何でも公的機関を訴えたがるオバハンたちは中国でマンホールに落ちてみるのが良いと思う。注意していないから落ちるんだ…アホー、とみんな冷たいから、自分たちがいかに日本の環境に甘えエクセントリックな事をやってるのかよくわかるんじゃないかと思う。

◇ 交通信号は車のためにある
 北京では、交通信号は車のためにあると思った方が良い。さすがに車は滅多に信号無視をしないが、米国と同じく右折の際は前面の信号が赤でも車は右折できるので、この点が日本と大きく違うから要注意だ。
 一方、歩行者は大体7割が信号は無視して適当に道路を渡る。残りの3割は信号を守るのではなく、そもそも信号の意味を理解していない田舎の出身者たちだ。つまり交通信号にどういう意味があるのか、という基本的な事がわかっていないのだ。この人たちは車が来ようがクラクションを鳴らされようが、片側4車線もある道路を、まるで田舎の農道みたいにのんびり歩いていたりするから、車の方が肝を冷やすことが多い。以前、北京市警交通部のお巡りさんと話をしていたら、北京では幼稚園や小学校で信号について教えるのだが、信号もロクにない田舎から次から次へと人が北京に流れ込んでくるので、信号を理解していない人は増える一方だと嘆いていた。
 こういう田舎からの出稼ぎ者を撥ねてしまった場合の死亡事故の賠償金は、私が住んでいた頃には20万元(240万円程度)が相場だったが、いまはもっと上がっているのだろう。もちろん北京人を撥ねた場合は、当然のことながら賠償金ははるかに高い。

◇ 同じ名前の違うバス停
 北京では、同じ名前のバス停でも、時には500メートルも離れたところにある場合がある。特に三環路の専用道部分を走る快速バスと側道を走る緩行バスでは、同じ名前の停留所がとてつもなく離れたところにあることがある。
 また、東西の路線と南北の路線でも同じ名前のバス停がいやになるほど離れている場合がある。北京では各停留所に、ここから先の停留所名が全部書き出してあるが、たとえば「工人体育場」(労働者スタジアム)停留所と書いてあっても、あそこで東四十条の通りを東西を走るバスから、東大路を南北を走るバスに乗り換えるには、同じ名前の停留所でも、乗り換えに500メートル歩くことは覚悟しておかなければならない。日本なら、もっと停留所を交差点に近づけるとか、乗り換えの案内表示を停留所に設置するとかの工夫をすると思うが、そこは中国のことだから絶対にそんな便利なことは期待できない。すべて At Your Own Risk の国なのだから。

◇ 女は一人で飲むべからず
 中国人のお酒の飲み方は、第一に食べる時に飲むこと、第二に多人数で飲むことが特徴として挙げられる。だから、一人でバーのカウンターで飲む習慣はないし、まして女がそんな形で酒を飲むことは有り得ない。日本だと寂しいお姐さんとか大酒呑みのアホ女(私みたいな)なんかが、居酒屋やバーで店主にやたらに話しかけたりしながら飲むなどということがあるが、北京ではこれは絶対にない。
 だから女が一人で飲んでいると、その場所で今夜の顧客をつかまえる商売の方と間違われることになる。北京のホテル・バーでは、国貿の中国大飯店とか王府井の東方君悦飯店(ハイアット)のバーが雰囲気の良い国際レベルのすぐれモノだが、こういうところで私が飲んでいると、すぐに怪しげなオジサンが寄ってきて声をかけられること間違いなしなのである。最近では世界情勢を反映して、この方面でも人種が変わってきたが、ロシア人やアラブ人のオジサンたちがもっとも麻煩である。

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北京でのんびり過ごしながら新聞を読んでいると、いまの中国の一端をよく表わす記事に遭遇することがあります。以下もそんな記事の一つです。

公式の中日関係の主張とは別に、ネットで情報が広がるうちには日本の「地に足の着いた」生活情報的なものも現れ、中国人の日本に対する見方を変えていきます。

以下は新京報という北京の新聞で見かけた記事です。

◇ 新京報の記事から
 4月30日付の新京報の2面の投稿論壇欄に「東京と北京のモーターショーで何が違うか」を論じた、周偉強さんというフリー記者の投稿が載っていた。

 この記者によると、現在開催されている北京モーターショーと、去年日本滞在中に訪れた東京モーターショーの違いは、見る側からすると大きく言って5つあるという。

 東京では観衆のほとんどが公共交通機関を使って来るので、北京のように会場周辺でひどい交通渋滞が起きないこと、入場券を買うのも整然と列を作るので混乱なく早く買えること、会場内に手荷物の預り所が多くあり防寒着など大きな荷物を手に持たずに見て回れること、観客の興味は車にあり北京のようにモデルの女性にばかりカメラを向ける客がいないこと、またモデルも観客に対する態度が自然で北京のモデルのように人を見下した感じのタカビーな態度かないこと、の5つを挙げている。
 
 数年前に、まだ市内の国際展覧中心で行われていた北京モーターショーを見たが、カメラを持った男たちが群がるのはセクシーな衣装を着けたモデルのいる会社のコーナーで、盗撮といえるような角度で平気で撮影している好色なヲタクたちばかりなのに驚いたものだ。またモデルも、このショーに出てバカな観客に撮影され、それがネット上で広まったりすることが一つの登竜門になるとのだと、あとでモデルの一人から聞いたことがある。
 

 日本ではよく、知識人を名乗るオジサンオバサンが、西洋ではこんなに整然としているのに、それに引き替え日本人はのように悲憤慷慨しているのを見るが、周記者の観察はこういう人たちよりはるかに正確で前向きな批評になっていると思う。ツイッターでよく現れるMay Romaさんなどは前者の典型だが、日本人のオジサマたちは、外国に住んでいるだけで自分のペチャンコの鼻が高くなったと錯覚したああいう「自虐バカ」がお好きなようだ。

 同日の新聞には、北京モーターショー会場の最寄駅から市の中心部に出る地下鉄への乗換駅で、乗客が多く混乱するのを恐れた会社側が、すべての電車にその駅を通過するよう指示し、却って怒った乗客とのトラブルで大混乱になったと報じている。

 「お上」がこういう勝手なことをするのは中国ではごく日常的なことだが、その判断の基準が「何かが起こらないようにして自らの責任を免れる」ところにあるのは、日本でも中国でも役人根性は同じだと言えるだろう。

 


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